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2009年10月16日

エジプトの循環型農業は女達の賜物

こんにちわちわわです。

古代エジプト文明はナイルの賜物といわれるように、定期的に氾濫するナイル川によって運ばれる肥沃な土によって農業が行われ、滅亡したメソポタミアの農業と違ってアスワンハイダムが作られるまで、究極の循環型農業が営まれ続けました。
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この背景には女性への敬意の気持ちが深く関わっているようです。

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エジプトの女神信仰が支えた循環型社会
http://www.isislaterre.com/organicworld/01/01_4.html

母なる自然への敬意が循環型社会を守った

エジプトの新王国時代の帝国主義が、一時は女性の地位を後退させることはあったが、エジプトでは変わることなく女神信仰が続けられ、エジプト大地は女神の体とみなされていた。

ローマ帝国では奴隷民に耕作を任せる不在地主が増えたために農業が空洞化していった。だがエジプトの農業は奴隷民に頼ることなく自給自足的なものであり、農業を支えていた女性たちが自立していたために、地力が低下することなかったといえよう。というのも女性たちが母なる大地とつながっていると考えられ、その考えが尊重され続けられたので、自然のサイクルを壊すことなく、長い間、豊かな生産力を維持できたのだった。

エジプトでは奴隷制はついに定着しなかった。エジプトでは奴隷や使用人を手荒く扱うことは禁じられ、家人と結婚して奴隷の身分から脱する者も多かった、エジプトの社会にいかに女性的な優しさが浸透していたかが伺われる。

支配者は目まぐるしく変わっていりたが、農村ではつい少し前まで、古代のカレンダーが使われ、いにしえから続いてきたのと変わらぬやり方で農業が営まれていた。

古代エジプト人がいかに女神にこだわり続けたかは、ローマ帝国においてキリスト教が国教になってほかの宗教が禁じられたとき、エジプトではまずマリア信仰としてキリスト教が広がっていったことからもわかる。エジプト人にとっては、マリアは、消された女神イシスの代わりだった。イエスを抱いた聖母は、実はホルス抱いた女神イシスであった。

エジプトにおいて環境破壊がそれほど進まなかったのは、大地を女神の体とみなす信仰と、女性の地位が高かったことと決して無関係ではない。すなわち、古代エジプト人が数千年に及ぶ循環型の文明社会を営むことができたのは、常に母なる自然である女性的なるものに敬意を払い続けたからにほかならない。

そのために、戦争よりも平和に、そして自然や生命という女性的な原理に重きが置かれ続けられたのだった。

~引用以上~

エジプトの循環型農業は女性を崇拝し、母系集団を守り続けてきたことが基礎となっています。
父系の私権社会に転じたメソポタミアが自然を支配しようとして滅んでしまったのとは対照的です。
集団意識を色濃く残す日本人も江戸時代は完全循環型社会を築いていましたが、エジプトに通ずる部分も多々あったのだと思います。

投稿者 tiwawa : 2009年10月16日 00:01  

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