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2009年09月03日
農業の歴史を紐解きながら、循環型社会を考える 2.新説;農業の起源~単一作物による大規模農業は略奪部族により始められた~

写真は「シルバー925アクセサリーで自分を飾る」さんから借用しました
meg3さんからバトンいただきましたtyodaiです
今回初めてこのブログに投稿させていただきます。よろしくお願いします。
農業の起源を探る中で、「人口増加にともなって徐々に農業生産に移行し、そこで発生した余剰作物が階級社会をもたらした」という内容が見られる。しかし、本当にそうだろうか?ここでは、農業の起源に関する新説を展開し、農業生産と都市国家という社会との関連性を探っていく。
■狩猟採集生産の時代・・・農業生産に転じる必要は無し!?
1万数千年前~人類は狩猟・採集生産によって生存してきた。狩猟採集民は未開の貧しい生産様式だとするのは誤ったイメージである。現代の狩猟採集民も、栄養価の高い木の実や数十種の植物を食べ、豊かな生活を行っている。
一方、生業として農業を行うには、一から土地を耕す必要があり、灌漑設備の建設、収穫のどれをとっても重労働を要する。
重労働が必至の農業生産に、狩猟・採集民が自ら転じるだろうか!? そうは考えにくい。事実、農耕民と接触しながらも、狩猟採集生活を保ってきた民族は多い。オーストラリア北東部の先住民、カリフォルニアのアメリカ先住民、南アフリカのコイ族の牧畜民がそうである。
「ふんだんにモンゴンゴの実があるのに、なんでわざわざ作物を植えたりしなければいかんのかね」(アフリカ南部・サン)という台詞が物語るように、狩猟採集民にとって、生業としての農業の必要はなかったのではないか。
ただし、狩猟採集民でも、植物が良く育つために、除草したり森林を焼いたりして、土地を管理する営みは行う。また、種をまいたり、水をやったり、植え替えたりすることもある。つまり彼らは、副業的には農作業を営んできたと考えられる。
(例えば、ニューギニアに住む狩猟採集部族には、密林の中で畑を作り、バナナやパパイアを植え、数ヶ月ごとにその生育状況を調べたり手入れしたりして、食糧の足しにしているものがいる。)
■集団の統合原理の変化があって初めて、大規模な農業が可能になった
狩猟採集民が大規模な農業生産に自ら移行しなかったと考えられる理由として、集団の統合の仕方にも注目したい。
狩猟採集を生業とする原始共同体は共認原理で集団を統合しており、共認原理で統合する以上、顔の分かる範囲内の集団規模でなければ、集団を統合できない。
気候が安定し、食料も豊かになってくると、集団も安定し、集団規模も拡大するのは必然であるが、彼ら原始共同体は共認で統合する以上、共認限界を超える規模になると、集団を分割し、共認を維持することで集団を守ってきた。
人口増加のために、自らの食を支えてくれる自然を人工的に作り変え、大規模な農業を展開するためには、集団の成員に強制的に重労働を強いる力の統合原理が働かない限り不可能なのではないだろうか?
(共認原理と力の原理については、るいネット潮流1:共認原理と私権原理を参照してください)
■武力支配から大規模農業の開始、そして都市の形成へ
恐らく、生業は狩猟採集を営みながら、30~50人程度の集団を支えるためだけの副業としての農業を営む小集団が、集団分割により増加していた。そこに、私有意識が芽生え父系転換した遊牧部族(→略奪集団)が、狩猟採集民を侵略し支配下に置いた上で、支配民を使って強制的に集約型の大規模な農業を始めるに至ったのではないだろうか?
(遊牧部族、父系制、略奪集団の発生については、実現論をご参照ください)
こうした農業を開始したことによって余剰が生じて遊牧民上がりの支配者に富が集中し、農閑期の余剰労働力を使って土木工事を行い、都市が形成していったと考える方が矛盾なく説明できるように思う。
実際、初の大規模農業を行ったのはメソポタミアであり、それは最初の都市国家であり、シュメールは父系制の民族であった。
そこで、次回は実際に都市文明が発祥した地、メソポタミアについて、農業と社会との関連を見ていきます。乞うご期待!!
参考:「地球人の歴史 3.農耕と牧畜」
「銃・病原菌・鉄<上巻>」ジャレド ダイアモンド
投稿者 tyodai : 2009年09月03日 16:42 Tweet
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コメント
>「ふんだんにモンゴンゴの実があるのに、なんでわざわざ作物を植えたりしなければいかんのかね」
このセリフは、印象的ですね。
すごく納得。
投稿者 ぐりとくま : 2009年09月05日 03:08
ぐりとくまさんへ
コメントありがとうございます★
そうですよね。生存可能なら安定して生活を続ける。
逆に生存状況が厳しいときに、さまざまな食糧生産の方法を編み出してきたんですね。生物の摂理でしょうね。
投稿者 tyodai : 2009年09月07日 01:04
従来の経済の考え方は「資源発掘→加工生産→消費→廃棄」だった。
すると、「資源枯渇」「競争による倒産失業」「環境汚染」等の問題が起きる。
その解決策として考えたのが上記の図(下記blog内)である。産業を「衣食住×衣食住」で9つに分けた。それぞれの中でサービスが回転する。
・リサイクルするので資源枯渇や環境汚染が軽減する。
・バランスよく配分されて倒産や失業が軽減する。
ここには「生産と消費」というお馴染みの言葉でなく、「送填と受填」という新しい言葉を用いる。
http://blogs.yahoo.co.jp/k_kibino/61176047.html
投稿者 kibino : 2010年04月04日 12:44
最初の余剰作物は恐らく神官に捧げられ(アニミズム段階)、
次に技術者などの土木工事のテクノクラートに(実務段階)、
次に略奪者と商人に捧げられたのではないだろうか。
投稿者 Anonymous : 2010年12月26日 20:36
