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2007年08月16日

江戸時代を取り巻く外圧状況

m007 が降らなかったり m097 日照 m005 時間が問題になったり・・ Confused
今も昔も、農 m178 はやはり自然との共存、闘いが大前提としてあるのだなとみんなの記事 m059 を読んでいて感じさせられます m216 m219

今回は、びんさんの記事 m060 にも登場していた、最近るいネット m045 でも話題で、ずっと気になっている江戸時代 m231 の話について書きたいと思います。

105056 なぜ、江戸時代の日本は滅亡しなかったのか?
154765 3R循環型社会は、江戸時代の循環型社会ではない
158333≪取っけえべえ≫と江戸時代の子供達は生産者同士の関係だった

こんなサイトをみつけました。リンク

1720年~1850年ころは、どうして人口がふえなかったのでしょうか m132

あなたはどう思いますか。

ア そのころは、子どもがあまり生まれなかった。
イ 病気 m256 で人がどんどん死んでいった。
ウ 戦争 m273 や地震・火山の爆発 m240 などの災害で死ぬ人が多かった。
エ ときどき作物 m270 m141 m222 の収穫がうんとへって、たくさんの人が餓死した。

 あなたはどう思いますか。みんなの考えを出し合ってみましょう。

m132 なぜ江戸時代に人口がふえなかったか
 1850年は、まだ江戸時代(1603~1868年)です。
 その江戸時代には、長いあいだ人口が3000万人という時期がつづいたのですが、どうして、120年もの間人口がふえなかったのでしょうか。
 まず、江戸時代には、子ども m148 m149 があまり生まれなかったのか、というと、そんなことはありません。
 そのころは、8人兄弟・10人兄弟ということもめずらしくありませんでした。いまよりもずっとたくさんの子どもがうまれているのです。だから、「理由ア」は、正しいとは言えません m068

 それなら、この時代には、戦争や地震や火山などの災害 m010 が多くて、それでたくさんの人が死んでしまったのでしょうか。そんなことはありません。戦争 m273 について言えば、この時代にはまったく戦争がありませんでした。地震や火山の爆発 m240 はありましたが、ほかの時代よりずっと多かったとは言えません。ですから、「理由ウ」も正しいとは言えません。

 実は、この時代には、たくさんの子どもが生まれても病気 m181 m183 で死ぬことが多く、あまり育ちませんでした。また、せっかく子どもが育っても、たがやす田畑がなかったり、その仕事がなかったら生きていかれません。
 一時は乏しい収入をみんなでわけあって、なんとかくらすことができても、天候 m007 m008 など関係で作物 m270 の出来の悪い年がつづいたりすると、たいへんです。食べ物 m241 がなくなり、栄養不良で病気 m181 にかかりやすくなったり、文字通り餓死することにもなります。じっさい、江戸時代には35回もの飢饉があって、1年のうちに何十万人もの人々が餓死することがありました。

 たとえば、1783年~1787年には冷害が m009 つづいて、とくに東北地方はひどい飢饉になり、津軽藩(今の青森県の約半分)だけでも、20万人もの人が飢え死にし、村中の人が死んでしまったところもあったそうです。実は、そんな心配もあって、子どもが生まれても、すぐに殺してしまったり、すてごすることもたくさんありました。

 結局、1720~1850年のころの日本では、農地の面積や農業技術や社会のしくみの上からいって、3000万人くらいの人口しか生きていかれなかったというわけです。

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学校の教科書 m061 で、飢饉や災害が多かったということは勉強 m060 していても、なんとなく、江戸時代は戦争 m273 もなくて、大半が農業 m222 に従事していて、なんとなく平和な循環型社会 m259 m258 だったというイメージを持ってしまっていたので、はっとしました。

こんなサイトもみつけました。
日本中世村落の紛争と和解リンク

m010 をめぐる争いって、ほんとに死活問題だったんですね。

105751環境問題は同類圧力の問題
環境が人類にとって適応的であれば人口が増加する。
しかし人口が増えると、他集団と境界を接するようにもなり、縄張闘争が発生する。
そうしたなか急に環境が悪化すると、縄張闘争が激化し、その突破口として農耕や牧畜などの新しい生産様式が生み出されたりもしたし、贈与というシステムで集団間の圧力を回避する手段も試みられたりしている。

江戸時代の循環型社会というのは、外圧がとてつもなく高い中だったからこそ実現できたのだということを強く感じました。

物事を考える上で、絶対外せない↓
29835置かれた環境を貫く 闘争圧力を把握せよ
を痛感しました。

投稿者 staff : 2007年08月16日 10:23

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